大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所園部支部 昭和51年(ワ)11号 判決 1977年11月30日

原告 三好祐一郎

右訴訟代理人弁護士 川中宏

被告 曽我部農業協同組合

右代表者理事 松岡與一

主文

一  原告は被告曽我部農業協同組合の正組合員たる地位を有することを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は四分し、その三を被告の、その一を原告の各負担とする。

事実

第一(当事者双方の申立)

原告は、主文一項と同旨および「被告は原告に対し一〇〇万円およびこれに対する昭和五一年五月二八日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに右金員の支払につき仮執行の宣言を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二(原告の請求の原因)

一、被告は、農業協同組合法に基づいて設立された農業協同組合であり、原告は、被告の正組合員(准組合員ではないという意味)であったが、昭和五一年二月二五日に開催された被告の総会(以下、本件総会という)における「原告除名」(以下本件除名という)の議決により除名され、その旨の通知を受けた。

二、しかしながら、本件除名の議決はつぎの理由により無効である。

(一)  手続上の瑕疵

(1) 本件総会当日、原告は日中友好親善訪中団の一員として中国訪問中であったため総会に欠席し、やむなく原告において作成した弁明書を原告の妻に代読してもらった。そして当日の出席者総数は後記書面による議決権の行使の分を含めて二九七名であり、本件除名の議決の内訳は除名賛成二七七名、反対六名、無効一四名であり、出席者総数二九七名のうち二九五名が右弁明書の代読をも聴かず、右弁明書代読以前に作成された書面による議決権の行使をなした。

(2) 農業協同組合法によれば組合員を除名するときは総会において当該組合員に対し弁明の機会を与えることを要するところ、本件総会において本件除名の議決に先立って原告に対し弁明の機会を与えたというのは疑問であり、また被告の主張するとおり被告の組合員(准組合員を除く。以下正組合員という)総数が四二六名であるとしても、除名の議決の場合には書面による議決権の行使は許されるべきではないから、本件除名の議決は正組合員総数の過半数の出席を要するとする法定の定足数を欠き、かつ出席者総数の三分の二以上の多数による議決という法定の要件をも欠いているもので、いずれの点よりするも無効である。

(二)  本件除名理由の不存在

(1) 被告は本件除名の理由として

(イ) 昭和五〇年八月二五日開催の被告の臨時総会において、議案として公害対策が提出されたが、当時曽我部町寺区の区長をしていた原告その他寺区の役員一同が書面でこれに反対する申入れをした

(ロ) 右臨時総会において公害対策委員会を発足させ、曽我部町の各部落に出張し、経過を説明することとなり、被告において当時原告が区長をしていた寺区の公民館の使用を申込んだところ、原告においてこれをいったん承諾しておきながら、その後「被告の組合長松岡與一には貸せない、他の理事が来るなら貸す」という態度に出た

(ハ) 原告が他の組合員に対し五〇万円を貸付け、その所有の田地に債権額三〇〇万円の抵当権を設定し、その際「私であるからこんなことですましたけれど、農協やったらもっとひどいことをするぞ」と言った

と主張し、右原告の行為は被告の定款一五条一項三号(この組合の事業を妨げる行為をしたとき)、四号(法令・法令に基づいてする行政庁の処分又はこの組合の定款若しくは規約に違反し、その他故意又は重大な過失によりこの組合の信用を失わせるような行為をしたとき)所定の除名事由にあたるという。

(2) しかしながら、本件除名の事由とされる右(イ)記載の事実はそれ自体除名の事由たりえないことは明らかであり、(ロ)記載の事実は、当時被告の組合長松岡與一により簡易水道の給水管が実力で切断されるなど何回にもわたって寺区への給水が阻止されたことがあり、松岡與一個人に対する寺区民の悪感情があったことから、松岡與一が来ると、説明会の円滑な運営に差しつかえが生ずるので、原告が区長として被告に対し同人が寺区公民館へ来ることは差し控えてもらいたい旨申入れたに過ぎず、これが被告の業務を妨げたことにならないことはいうまでもなく、(ハ)記載の事実は、真実を故意に歪曲したもので、被告の信用を失わせるような行為に当らぬことは明らかである。

したがって、本件除名の議決は除名の事由を欠き、その理由もないのになされたものであり、無効である。

三、

(一)  本件除名の議決は、ただ原告を組合から排除する不法な意図からなされたものである。即ち、本件除名の理由とされる前記の原告の行為は、いずれも農業協同組合法ならびに定款に定める除名理由たりえないことは一見明白であるにもかかわらず、理事会における事実調査や討議も殆んどなされず、被告組合長松岡與一の強引なリードによって形式的に理事会決議がなされ、総会への提案がされるにいたったものであり、理事会において慎重、公平に検討しさえすれば、本件除名の議案を被告の総会へ提出するに到らなかったことは明らかである。加えるに除名の議決をする場合、除名される組合員の弁明を聴かず、しかもその弁明以前に作成された書面による議決権の行使は許されるべきでないにもかかわらず、被告の理事が各組合員の自宅を廻って、様々な圧力をかけて書面を集め、総会の議決という形式を整えて本件除名がなされたのである。したがって、本件除名の議決の成立につき、被告の意思決定機関としての総会に故意または過失があったのであり、仮にそうでないとしても、理事である被告組合長松岡與一がその地位と権限を濫用し、他の理事と結託して本件除名の議決を成立せしめたのである。

(二)  原告は亀岡市議会議員であるところ、原告除名の右事実が新聞に報道され、これが広く知れわたった。農家の多い田園都市においては、農業協同組合は、公共的性格をもっているので、農業協同組合の除名ともなれば、原告に対する社会的評価の失墜は大きく、原告がいくら弁明しても弁明しきれないものがあり、多大の精神的苦痛を蒙っており、これを慰藉するに足りるものは、金員に換算すれば一〇〇万円を下ることはない。

四、そこで、原告は、原告が被告の正組合員であることの確認ならびに被告に対し慰藉料一〇〇万円の支払を求める。

第三(被告の主張)

一、請求の原因一記載の事実は認める。

二、請求の原因二、(一)、(1)、同二、(二)、(1)記載の事実は認める。

本件除名の議決がなされるにあたって、被告は原告に対し弁明の機会を与えており、また農業協同組合における組合員の除名の議決については書面による議決権の行使が許されるから、本件除名の議決に手続上の瑕疵はなく、さらに本件除名の理由は、原告の行為が被告の定款一五条三項、四項所定の事由に該当するとしてなされたもので実体上も瑕疵はない。

三、請求の原因三記載の事実のうち、原告が亀岡市議会議員であることは認めるが、その余の事実は争う。

理由

一、請求の原因一記載の事実については当事者間に争いがない。

二、そこで、まず本件除名の議決の手続上の瑕疵の有無ならびに右瑕疵が存するとした場合本件除名の議決を無効たらしめる程度のものか否かについて判断する。

請求の原因二、(一)、(1)記載の事実については当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告が本件除名の議決がなされた本件総会当日をはさんで昭和五一年二月一三日から同年同月二六日までの間亀岡市議会を代表して京都府民友好訪中代表団員として中国を訪問中であったこと、被告の組合長松岡與一において予め原告が中国を訪問する予定であることを知りながら総会の会日を昭和五一年二月二五日と定めてこれを招集し、原告からの右会日変更の申入れをも無視して本件総会の開催を強行したこと、被告の定款により総会の会日の前日までに提出された書面による議決権の行使が許されていること、被告の主張する正組合員総数が四二六名であることが認められ、右認定を左右する証拠はない。

ところで、農業協同組合法が、組合員を除名するときは、総会の議決によるべきもの(二二条二項)と定め、また総会において除名の対象となっている当該組合員に対し「弁明の機会を与えなければならない」(二二条二項)と定め、さらに「総組合員(准組合員を除く)の半数以上が出席し、その議決権の三分の二以上の多数によらなければならない」(四六条)と厳格な制限をもうけている趣旨は、組合員の除名という重要な事項については慎重な手続によってこれを処理させることにあるのであって、右の制限を実質的に逸脱する除名の議決はこれを無効たらしめることにあると解するのが相当である。そして、「弁明の機会を与えなければならない」ということは、弁明の意思ある者については特段の事情のない限り、総会において直接本人からその弁明を聴き、あるいは疑問のある点については本人に問い正すなどして慎重に除名の理由の有無を検討することを当然の前提としているものと解すべく、また「総組合員(准組合員を除く)の半数以上が出席し、その議決権の三分の二以上の多数によらなければならない」ということは、弁明の機会を与えることを要するとする前述の法意に照らして考えれば、被告の定款四四条、四七条により通常の場合総会の会日の前日までに提出された書面による議決権の行使が許容されているとはいうものの、特段の事情のない限り、除名の議決にあたり、少くとも弁明のなされるべき総会に正組合員総数の半数以上が実際に出席することを要求しているものであり、ましてや弁明のなされる総会以前に作成された書面による議決権の行使なぞ許される余地はないものと解すべきである。

そうすると、前記事実によれば、原告には弁明の意思がありながら、正当の理由により本件総会に出席できなかったのであり、本件除名の議決との関係で被告の側に原告が欠席してもなお本件総会の開催を強行しなければならないような特段の事情があったとは認められないから、原告の妻において原告がやむなく作成した弁明書を代読したことの故をもって、原告に対し弁明の機会を与えたということができないというべきであり、また被告の主張する正組合員総数四二六名を前提としてみても、本件総会に出席した者は二九七名であり、うち本件除名につき予め作成された書面による議決権の行使をした者二九五名、本件除名に賛成した者二七七名反対六名無効一四名というのであるから、特段の事情の認められない本件除名の議決は法定の定足数を欠いているのみならず、出席正組合員の三分の二以上の多数を要するという法定の要件をも欠いたものというべきである。

したがって、本件除名の議決はその手続の上から無効の議決たるを免れない。

三、つぎに、本件除名の理由の有無について判断する。

請求の原因二、(二)、(1)記載の事実については当事者間に争いがなく、《証拠省略》を綜合すると、

本件除名の第一の理由とされる請求の原因二、(二)、(1)、(イ)記載の原告の行為は、

(1)  昭和五〇年八月二五日開催の被告の臨時総会において、曽我部町にある鉛再生工場の排出ガス、排水に関連して、議案として公害対策が提案され、公害対策委員会が設置されることになったが、右総会に先立って、当時原告が区長を勤めていた曽我部町寺区において、公害という問題は農協だけで議論する事項ではなく、もっと大きな規模で対処すべきものであるとの意見が出て、その結果寺区会において右提案に反対する旨の事前の決議がなされ、これが被告へ伝えられた。

ことを指すものであり、

本件除名の第二の理由とされる請求の原因二、(二)、(1)、(ロ)記載の原告の行為は、

(2)  右(1)記載の臨時総会において、公害対策委員会を発足させ、曽我部町の各部落においてその経過説明をすることになり、昭和五〇年一二月頃被告より原告に対し説明会の会場として寺区の公民館を使用したい旨の申込みがあり、原告においてこれを承諾した。しかしながら、被告の組合長である松岡與一と亀岡市との間にかねてから曽我部町の簡易水道の所有権の帰属について争いがあり、右簡易水道の管理を亀岡市が被告に委託するということで右両者の間の紛争が落着きかけたときに、寺区住民が右解決方法に反対したことから、松岡與一が昭和四九年四月から五月にかけて、前後五回余にわたって市道を掘り起して水道管を切断するなど常軌を逸した方法で寺区への給水を阻止し、長期間寺区住民を苦しめたことがある。このため寺区住民の松岡與一個人に対する怒りが強かったので、寺区長である原告において被告に対し、説明会を円滑に行なうために、松岡與一が来ることは差し控えてもらいたい旨の申入れをした。

ことを指すものであり、

本件除名の第三の理由とされる請求の原因二、(二)、(1)、(ハ)記載の原告の行為は、

(3)  昭和四九年頃、畑中衛に頼まれて原告が被告の組合員でもある岩崎政男に対し五〇万円を無利息で貸与したが、一年程経過しても岩崎において右借金の返済をしなかった。そこで、仲介の労をとった畑中がその責任を感じて、岩崎と交渉し、原告のために岩崎所有の田二筆に昭和五〇年一二月一五日付で債権額三〇〇万円、利息日歩三銭とする抵当権設定登記をさせた(尤も、右被担保債権額が三〇〇万円となっていることや、利息の記載のあることについては原告は知らなかった。)。その後昭和五一年一月六日頃になって、原告は、漸く右貸金の返済を受け、右抵当権設定登記が抹消されたが、その際、岩崎に対し「農協だったら利息をとらないわけにはいかない。私は個人だから利息をもらわないということができるのだ。」という趣旨の発言をした。ことを指すものであることが認められ、右認定を左右する証拠はない。

そして、右認定の(1)ないし(3)の事実は、これが被告の定款一五条一項三号、四号所定の事由に該当しないことは明白であり、結局本件除名の議決は理由を欠いた無効な議決というべきである。

四、進んで、損害賠償請求について判断する。

原告の被告に対する右請求は、要するに、本件除名により精神的損害を蒙ったことを理由とするものであるから、この根拠規定は農業協同組合法四一条が準用する民法四四条一項であり、右請求の当否はその解釈によることとなる。

ところで、右民法の右条項は、本来法人と相対立する第三者に対する損害賠償責任を定めたものと解すべきであり、仮に被告の総会が同条項に定める「理事其他ノ代理人」に準ずべきものと解することが可能であるにしても、除名という行為は団体組織内部の行為であって、これによって損害を受ける当該組合員は同条項に定める「他人」に該当しないと解するのが相当であり、原告の右請求は、本件除名を成立させるにつき故意過失のあった個々人を相手とするのならば兎も角、被告を相手となしえないことになる。

五、以上の理由により、主文一項の範囲で原告の請求を認容し、その余の部分については失当であるからこれを棄却することとし、民訴法八九条、九二条本文により、主文のとおり判決する。

(裁判官 井深泰夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例